これも修行のうち。

今夜の名言

日々の生活の中で「いらない反応」は、溜まっていくものです。 カラダが汗や埃で汚れていくように、心も、外からの刺激への反応によって汚れていきます。 大事なのは、その反応をどう“洗い流す”かです。

『これも修行のうち。』(草薙 龍瞬/僧侶)より

ストレスや悩みを引きずって、前向きになれないときがあります。ブッダの知恵を借りれば、あらゆる悩みは心の「反応」が作り出しているとのこと。

本書では、日々の出来事にムダに反応しないよう、「プチ修行」で心を整える方法が語られています。モヤっとした悩みを解消したい人に効く、やさしい修行が50も紹介されています。

この本はどこから読んでも学びがありました。興味が湧いた方はぜひ手に取ってみてくださいね。

おぼろ月

年齢的なものなのか、体も疲れやすく、訳もなく心がモヤモヤしてしまう。「プチ修行」で晴れやかになりたいな~

疲れたときは「感覚に帰る」

反応をいったんストップさせるには、「感情にも思考にも、心を使わない(反応しない)」ことです。となれば、「感覚に意識を向ける」しかありません。

多くの人は嫌な気分になったとき、「憂さを晴らす」「気分転換をする」という方法を取ることが多いですね。スマホやテレビを利用したり、食べる快楽に走ったり……。でも、これは新たな反応を生んでいるだけで、心の疲れを癒すことにつながらないといいます。

ですから、余計な反応を生み出さないため、シンプルに「感覚」を意識するのが大切だ、と著者は語っています。

例えば、「音」に集中してみる。人の声? 車の音? と意識していくと、普段は気づかない音が聞こえてくる感覚があります。

また、「視覚」に気づく練習では、目を閉じたときの視界を観察します。黒を背景に、赤や緑など、微細な粒子が広がっているのが見えます。

「触覚」を意識すると、息をしたときの腹部のふくらみ、ちぢんでいく感覚がわかります。何気なく行っている呼吸にも、心を込めることができるのです。

このように「よく意識する」「気づく」ということが、ムダな反応をリセットすることになります。

おぼろ月

確かに、自分がしている行為と思考がかけ離れていることが多いですね。今、何をしているかを意識することを心がけてみよう

「人生は退屈」でもかまわない

世の中には、喜びがあふれています。人も、動物も、植物でさえも――その豊かな生命の喜びに共感・同調するだけで、自分は何もしなくても、幸せを感じられる。そういう生き方も可能です。

「面白さ」を追求すると、自分の欲や期待や妄想とつながり、「煩悩」に囚われてしまうことになりがちだ、と著者は語っています。

仏教的に心の状態は、大きく分けると「快」(好き・楽しい・ポジティブな反応)、「ニュートラル」(快でも不快でもない状態)、「不快」(嫌い・イヤだ・ネガティブな反応)になります。

欲望を満たすことで得られる「快」の状態は、幸せに思われるかもしれませんが、反応し続ける生き方で心が疲れてしまうのです。感情が「快」と「不快」を行ったり来たりする反復横跳びのような状態で、心が休まることはありません。

ですから、ニュートラルな精神状態でいれば、大事なことに集中できたり、へこたれずに持続したりできます。人は快も不快もない状態を「退屈」だと感じ、刺激を求めてしまいがち。反応している自分に気づくことが大事なんですね。

おぼろ月

「退屈は犯罪です」なんて某CMがありますが、何にもとらわれない状態に戻ることが大切ですね

「成果はあえて見ない」という発想

正しい心がけとしていえるのは、「やり始めたら、結果は忘れよう」ということです。その理由はシンプルで、「そのほうが楽しく作業が進むから」です。

最終的なゴールを思い描くことは大事ですが、心を注ぐのは「今」しかありません。何かを始めたら、結果に執着するのではなく、今のプロセスや方法に集中できるといいですね。

ブッダの発想でいうと、「成果は妄想、方法こそが現実」だそうです。反応せずに、妄想せずに、ひたむきに作業に打ち込む時間が大切。

理想に執着してしまうと、焦りが生まれたり、迷いや虚しさに陥ったりします。頭でっかちにならないように、感覚に意識を向けて心をリセットするのも大事です。

つい反応してしまったとしても、「これも修行のうち」と思う心の気づきがあるといいですね。

おぼろ月

思い通りにならないこと、怒りや悲しみを感じる場面が多い中で、このような本を読むと心が整います。

……と、ここまで書いて余談ですが、昨日は仕事で心がモヤっとする体験がありました。寝る前まで引きずってしまい、感情のままに涙も出てきて、「これも修行」とは思えない心境に。

「穏やかに」「心を鎮めよう」と思っても無理なときがあります。そんなときは、「くそーっ!」「なんやねんっ」と思ったことを止めずに吐き出すのも大事だと思います。思いっきり泣いちゃうことも。

次の日になって、あの感情はどういう執着から生まれたんだろう、と冷静になれることがあります。客観的に自分の心を観察できるようになって初めて、「やはり日々、修行ですね」と納得できます。

心が揺れ動く、情けなくて弱い自分も愛していけるように。そして、反応に気づき、ニュートラルな自分に戻れるように精進してまいります~♪

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

◆参考文献
『これも修行のうち。実践! あらゆる悩みに「反応しない」生活 』(草薙 龍瞬・くさなぎ りゅうしゅん)

◆著者について
僧侶、興道の里代表。1969年、奈良県生まれ。中学中退後、16歳で家出・上京。放浪ののち、大検(高認)を経て東大法学部卒業。政策シンクタンクなどで働きながら「生き方」を探求しつづけ、インド仏教指導僧・佐々井秀嶺師のもとで得度出家。ミャンマー国立仏教大学、タイの僧院に留学。現在、インドで仏教徒とともに社会改善NGOと幼稚園を運営するほか、日本では宗派に属さず、実用的な仏教の「本質」を、仕事や人間関係、生き方全般にわたって伝える活動をしている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) ※「BOOK著者紹介情報」より引用



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